日刊ヒデリーノ-2013,01,02

朝、氏神にあたる地元の久富稲荷神社(伊富稲荷を合祀)にご挨拶に。僕はいつも神社の参拝や初詣のとき、願い事をしない。氏神への参拝でも旧年の報告と新年の挨拶に留める。それは氏神がお稲荷さまだということにもひとつの理由があるが、願望は委ねるべきではないと考えているところが大きい。僕の実家自体は仏教に基づいた先祖の供養をしているけれど、僕自身は特にこだわりなく生きているというか、万物に神性を見出し信仰や畏怖の対象とすることで世界に存在するすべての物や事象に感謝し敬うという考え方が好きだ。出かけた先では神社に足を向ける。それは信仰と言うよりも知らない土地に足を踏み入れる際の挨拶のようなもので、誰かの家に入る前に扉を叩くのと同じようなことだと考えている。

この一年、自分に恥じる事のないように生きることを心に掲げる。