daily hiderino-2012,04,25

写真は自宅近くのお地蔵様。この界隈も僕が子供の頃とはもうだいぶ変わってしまったけれど、この小さなお社と一本の木立の情景だけは変わらない。お社の中に祀られているお地蔵様(正確にはいわゆる“お地蔵様”と呼ばれる地蔵菩薩なのか、神仏習合以前からの道祖神なのかはわからない)は石像なのだけどかなり傷んでいて元の姿はよくわからない。それでも何時の時代にか誰かがこしらえただろう色褪せてボロボロに成った被り物や前掛けが着せられている。子供の頃にはこのお地蔵様の前で会釈をしたり腰を落として手を合わせる人の姿を度々目にしたけれど、今ではその一角に目を向ける人も殆ど無い。いくつくらいの時だったか、祖父母どちらかと一緒に歩いていてこのお地蔵様のお社を覗き込もうとした時に、叱られた覚えがある。それ以後僕にとってこのお地蔵様は畏怖の対象のようになっていたが、どういったいわれのあるものなのかは聞かなかったように思う。祖父母はこのお地蔵様が何者なのか知っていたのだろうか。僕は神仏の類には無闇矢鱈と縁を持ったり頼みごとをしてはいけないと考えているので、特にこのお地蔵様に何かをしようと考えてはいないけれど、もうどのくらいになるのか、ずっとそこで人々や土地を見守ってきたものへの畏敬の念を抱いている。昼食を食べに出かけた帰り、そんなことを考えていた。