daily hiderino-2012,05,21

日本中が金環蝕に沸いた朝。僕も自宅の外に出て、次第に薄暗くなっていくさまを感じながらいろいろな妄想を楽しんだ。日蝕観測用グラスも用意しなかったし、写真撮影の準備もしてなかったんだけど、なんだか不思議な薄暗さと、しっかり上っているのに光量がいつもと違う太陽が面白くてiPhoneで写真を撮った。インターネット上には直後から多くの人達が撮影した写真がUPされていて、時折心に響くような興味深い視点からの捉え方を目にしてワクワクした。反面、周到につくられた合成写真も散見される。いいと思うんだ、詐称していなければ。ただ、考えてみた。合成の写真が賞賛するコメントとともにfacebookやtwitterで多くの人にシェアされているのを見ると、人々にとって大事なのはそれの真贋ではなくてインスタントな感動のようなものを瞬間的に共有できることなのかもしれない、と。僕はインスタントな感動のようなものを次々に消費していくことでひとの心は徐々に無感動に近づいていくと考えてるんだけど、その道程でひとは自分の心が鈍っていくことにはきっと気づかないのだろうな…。